各国にいた世界的な英雄

一大帝国を築いたアドルフ・ヒトラー

市民から総統へ

元々、ヒトラーはドイツで生まれ育ったのではなく、オーストリアで誕生しました。

ヒトラーは名家に生まれたわけではなく、一般的な市民家庭で育ち、画家を目指していたといわれています。

青年期になった頃、第一次世界大戦が勃発し、ヒトラーもドイツ軍として戦争に参加をします。

その後ドイツは敗北し、戦勝国に対して多大な賠償金を支払うことになります。

そしてドイツは経済難になり、国が傾いてしまっていた頃に、国家社会主義ドイツ労働者党、いわゆるナチスを立ち上げたのです。

ナチスは、労働者層から圧倒的な支持を受けて、第一党になります。

ナチスによる独裁政治へ

第一党の総統になったヒトラーは、議会政治の撤廃と労働組合およびナチス以外の政党を排除します。

そして、ナチスに反対する勢力を徹底的に排除をして独裁政治を行うようになりましたが、それでも市民からの反対は余りありませんでした。

独裁政治ではあるものの、ナチス政権になったことによって失業者数も減って、経済が安定するようになったことで、国民も生活が安定したことが理由でしょう。

さらにヒトラーは、民衆の心を掴むのがうまく、心理的な戦略が非常に上手だったというのも、ナチスに反対をする国民が少なかった理由として挙げられます。

国民は、ナチスおよびヒトラーの主導の下、戦争やユダヤ人への迫害も知っていましたが、見てみぬ振りをしていたのです。

第二次世界大戦を引き起こす

1939年に、ヒトラーはポーランドに攻め込み、領土の拡大をしていきます。

さらに、オーストリアやフランスなどにも戦争を仕掛け、第二次世界大戦が開戦されます。

1940年にはフランスも制圧し、さらに海を渡ってイギリス本土にも空爆をしていきます。

しかし、イギリスを占領することができなかったため、ソ連に戦争を仕掛けるのですが、ソ連のスターリングラードで寒さによって士気が低下した上に攻めきることができずに撤退します。

さらに、ノルマンディー上陸作戦も成功させてしまい、ドイツ本国にも連合軍が押し寄せます。

その後、ベルリンにも敵が押し寄せ、ヒトラーは愛人であるエヴァ・ブラウンと拳銃自殺したのです。