各国にいた世界的な英雄

栄光と没落を味わったナポレオン

栄光を極めた前半生

ナポレオンは地中海に浮かぶコルシカ島の貴族の子供として誕生し、少年期になるとパリにあるパリ兵学校で、士官として勉強をしました。

そして、20歳のときにフランス革命が勃発したのですが、このときに目覚しい指揮を見せたナポレオンは群の中でも一目置かれる存在になったのです。

その後、イタリア侵攻をした際には、司令官として任され、イタリアだけではなくオーストラリアにも勝利をしています。

1798年には、エジプトにも出兵をしているのですが、軍人だけではなく考古学者や言語学者も引き連れていき、古代エジプトの文字についても調査させています。

その結果、ロゼッタ石を見つけて、古代エジプト文明の歴史の解明にも貢献をしています。

フランスに帰国した後、新政府を作り上げ、平等と自由を国民たちに与えるためのナポレオン法典の制定をしたりするなど、多くの国民から支持されるようになりました。

国民投票が行われて、フランスの皇帝を襲名したナポレオンは、各国に戦争を仕掛けて領土の拡大をしていきます。

連戦連勝を重ねていったナポレオンですが、ロシアの冬将軍によって敗北をしてしまい、一気に運が傾いてしまったのです。

没落した後半生

ロシアでの敗北によってフランスに帰国したものの、皇帝の座を失ってしまいます。

そして、罪を問われてエルバ島に島流しをされてしまいます。

しかし、ナポレオンも幽閉の身のまま手をこまねいていたわけではなく、エルバ島から脱出して、パリに入り、再び権力を握るのですが、ヨーロッパ連合との戦争で敗北してしまい、後に百日天下と呼ばれます。

その後、アフリカの沖にあるセント・ヘレナ島に流罪にして、フランスに戻れないようにしました。

流罪されたわけですが、フランスにいた頃のようにぜいたくな暮らしをしていたようです。

しかし、そのまま流刑地で病死をしてしまい、生涯を終えました。